積丹のバイオ&ジオダイバシティー
     〜海中公園・日本の渚百選・北海道遺産の価値〜

ポイント名をクリックすると、そのポイントの解説が表示されます。◆

《東海岸》


《西海岸》
 

1)西海域(積丹岬・入舸港までのエリア)

○ピリカ        
 アイヌ語で最もよいところの意味。海進、海退に
 よって侵食された痕跡(海面変化を示す海食跡)
 を断崖に観察する。海岸にはニシン黄金時代に
 作られた2箇所の袋潤が残っている。袋潤とは、
 鰊を一時的に保存しておくためのいけすのこと。
 ピリカをその一部とするホロムイは、大きいとい
 う意味のアイヌ語、「ポロ」と入り江(湾)という
 意味の「ムイ」から合成された地名で、岬の陰に
 なっていて波静かな大きな湾ということである。
 ここは、イカナゴ、ヒラメ、ミズダコがそれぞれ季
 節ごとに産卵のため多く集まってくる。6月は、
 カマイルカの大群が押し寄せる。毎年春は、ホッ
 ケ柱やアミで海面が真っ赤になるところ。
 冬には、トドがここを回遊する。20年前になるが、
 この湾にシャチが入ってきたことがある。

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○女郎子岩

 比較的硬い岩質のため侵食されずに残された
 水冷破砕岩。水面下に作られた洞穴とクレパスは、
 海退の時代陸地だったころに山からの水の流れに
 よる侵食で出来たものと想像される。(ここから沖
 に向かっていくつもの水路が確認できる。)湾の奥、
 水深10m以浅の入り組んだ岩礁域は海藻が豊かに
 育ちタナゴ、メバルなど多くの根魚たちの住処が
 広がっている。湾の沖側水深20m前後に点在する
 落石の周りには、コブダイやフサギンポなど中型の
 魚と砂地にエイ(カスベ)やヒラメが産卵のためや
 ってくる。また、江戸時代にここを訪れた弁財船の
 四つ目錨が今も残されている。潮に乗ってクラゲ類
 やサルパ類、イワシの群れも夏から秋にかけて頻
 繁に見られる。義経伝説の女郎子岩礁域は、釣り人
 やダイバーが上陸するところ。ウミウシの種類も
 豊富なところ。初夏には、頂上にオレンジ色の山百
 合が花簪のように咲く。

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○蛸岩

 この湾の水深20m以浅域には、比較的大きな球状
 の水冷破砕岩(ハイアロクラシュタイト)が多く重な
 りあっている。沖に向かうほどまばらに点在するが、
 いずれも海底地質(砂地)とは一体のものではなく
 海底火山活動の後、陸に隆起し落石したと想像され
 る。蛸岩が真っ二つに割れているのはそのためと考
 えられる。中央のクレパスの両壁には、ウミヒドラと
 ウミウシ、ウミショウロウが多く観察できる。
 周囲の重なり合った岩陰にはいたるところムツサン
 ゴが群生している。東に隣接する出岬との間の水路
 付近はイワシやアジの群れが集まるところでもある。

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○円釜

 球状の破砕岩の中心部がくり貫かれた直径5メー
 ターほどの岩が水深7メートルの岩礁にある。
 その内側の壁は磨かれたように表面がツルツルで
 水底には大小無数の玉砂利が敷き詰められている。
 今より海面が低かったころ波打ち際にあったこの岩
 石は、そこに含まれるより硬質の石によって内側が
 削りとられていったと考えられる。この岩には上部と
 下部、さらに横の3箇所に水路と思われる穴がある。

 これらの穴から水が出入りし玉砂利が回転運動する
 ことによって釜を作っていったと考えられる。

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○沖根

 円釜から沖に向かって約500メートルまで球形又は
 板状の落石が続く。水深30m近くでいきなり落石は
 途絶え落ち込んだ砂地となっている。
 おそらくこのエリアまで当時陸地として海面から出
 ていた時代があったと思われる。やや黒味を帯びた
 安山岩質の屏風状の突き出た出岬が今も残されて
 いる。潮通しのよいこの海域は回遊魚たちの通り道
 となっており夏期にはイシダイ、スズメダイ、マフグ、
 サヨリなどが観られ、秋は、ブリの群れが観察される。
 根の最も高いところは、水深7mでその周りには岩肌
 が見えないほどヒダベリイソギンチャクとカイメンに
 覆われている。ソイとメバルも多く釣り船も時折見か
 けるが、根掛かりするためあまり近寄らないようだ。
 砂地の30mまで行くと、水温は2℃近く一気に下がり
 サーモクラインの層となっている。オキタナゴの群れ
 と夏でもミズダコが観察される。

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○笠泊

 昔は、鰊の千石場所といわれ、その最盛期には、岸ま
 で群来る鰊が押し寄せこの浜一帯が銀の鱗で埋め尽
 くされたと伝えられている。冬になるとゴマフアザラ
 シが上陸する岩礁地域。春、ヤリイカの定置網が入る
 ころ移動してゆく。トドもこの海域を移動することが多
 く、ボートでの移動中頻繁に目撃するところ。この湾の
 西側、穴潤までは鋭く垂直に突き上げられた安山岩質
 の岩脈が見られる。岩脈の間には、水路となっており
 その壁の海面近くに海食洞が残されている。海底は、
 玉砂利を敷き詰めた庭園のような景観である。春は、
 ヤリイカが産卵にやってくる。夏になると、モズクが絨
 毯のように繁茂するところ。

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○穴澗

 安山岩質の柱状節理と放射状溶岩、貫入岩によって
 出来た入り江規模はそれほど大きくはないが見事に
 当時の海底火山活動の様子をうかがわせる。
 海食洞は、コウモリやツバメの住処となっており、夕
 暮れ時一斉に穴の周りを飛び交う様子が観察される。
 屏風状に競りあがった岩壁によって東西いずれから
 の強風も受けることなく常に穏やかな海域となって
 いる。ボートでの上陸エクスカーションに最適なところ。

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○バリミステリーパーク

 穴潤から島武意海中公園手前までの複雑に入り組ん
 だ岩礁域、地形的、生態的に多様なところ。海退の時
 代に陸からの水の流れによって作られた数々の奇岩
 と円釜、水路、クレパスが続く超(バリ)不思議(ミステ
 リー) な海中公園(パーク)。バリホール、バリガー
 デン、バリアーチ、ドラゴンロード、メガネ岩、ダイナソー
 ロック、オアシス…スノーケリングで終日楽しめるエリア。
 フローティングボートやスヌーバ、上陸しての磯遊び、
 サバイバルキャンプが楽しめる。海中公園第二号地区
 (自然公園法)に指定され、A級評価を受けている。
 魚種と海草の多様性は、半島随一の原生自然海域である。

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○島武意海中公園

 日本の渚百選・積丹ブルー発祥のところ。展望台から
 の景観とは一味違った景観が楽しめる。屏風岩の裏
 (西側)のアザラシのホールアウトや二万歩の地形、
 そしてセグロカモメのコロニーの島をすぐ近くで観察。
 トドが上陸する岩礁と、水面を泳ぐゴマフとトドの観察。
 大正から昭和初期までここは鰊漁で栄えた入り江。
 番屋の跡と鳥居が今も残されている。神威岬と同様に
 積丹を代表する景勝地となっており、5月から10月ご
 ろまで観光客や海水浴客が多く訪れるところ。 
 屏風岩の北約20m沖の海底には、阿弥陀岩という海底
 火山活動によって出来た水平方向にのびる板状節理の
 巨大な岩盤が砂地から立ち上がっている。この地形は、
 もともと屏風岩と一体のもので、海進によって海面下に
 隠れた岩盤である。現在は、周囲が砂地となっているが、
 この砂を取り除いたらさらにその下に壮大なパノラマ
 となって現れるに違いない。

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○二万歩

 積丹岬の断崖に続く六角形の柱状節理は、当時、海底で
 起こった火山活動の岩脈を思わせる。柱の方向はすべて
 北西に向かっており、宝島に突き出た柱状節理の方向と
 一致する。また、積丹半島は東北本州弧に沿った南から
 北へ向かう力と、千島弧に沿った東から西へ向かう力の
 合力によって形成された(松田義章:積丹半島のおいたち)
 ために合力の方向である南東−北西方向に伸びた形と
 なっている。この方向は、日本海生成の際に出来た数多
 くの断裂を示している。世界の地質学者の間では、日本
 海東縁に見られる地質構造を「積丹方向の構造」と呼ん
 でいる。この海域の海底には陸の柱状節理が山脈上に
 何本も沖に向かって繋がっている。水中で水面直下から
 眺める景観は、まさに、登山家が頂上から眺めるのに似
 た感覚に感じられる。キャニオンやジャイアントステップ
 など渓谷を思わせる景観は、地形派ダイバーに人気。
 積丹岬は、イリカ−野塚−余別−神威岬まで続く湾の出
 口に位置するため潮流が速く、荒々しく複雑な地形によ
 って場所によって様々にその流れが変化しているところ
 である。昔から、ここはコンブなどがよく育ちバフンウニ
 やあわびがたくさん取れたところである。
 (今は磯やけによって海藻がほとんど見られない。)

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○海岸段丘

 野塚から来岸にいたる海岸線は海面位の変化によって
 浸食され、出来た段丘が見られる。船で沖合いから眺め
 ると岬に残された浸食によって刻まれた断崖の痕跡と
 その高さが一致しているのがわかる。

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○神威岬

 この岬の地質は、下部が今から約670万年前〜650万年
 前の新生代第三紀中新世の安山岩質ハイアロクラスタイ
 トと礫岩からなり、その上部を今から300万年前〜200
 年前の礫岩、砂岩層が覆っている。突端部は様々な岩質の
 礫を含む礫岩層と、葉理という薄い層状の砂岩層が見ら
 れる。砂岩層には、斜めに傾いた縞模様のような構造を示
 す斜交葉理と厚さ2〜3cmの薄い泥岩の地層を何枚もは
 さんでいることから、ここが浅海のような水の流れの激し
 い環境であったと考えられている。これらの痕跡から、こ
 の岬の生い立ちは670万年前、安山岩質のマグマによる
 海底火山活動で土台が出来、その後隆起して浅海となっ
 て礫を堆積したあと、さらに、その後沈み込み、300万年〜
 200
万年前にやや浅い海となって砂や泥を堆積した。
 その後、急激に隆起して今の岬が海中から姿を現したと
 考えられる。 (松田義章:積丹半島の生い立ち)岬の東側
 は、海中公園第三号地区に指定されている。海流が激し
 くぶつかる岬先端部分は江戸時代から船舶航行の難所と
 して女人禁制の地とされてきた。岬から沖に向かって神
 威岩、メノコ岩、カラカサ根と岩礁が連なる。海底からほ
 ぼ垂直に立ち上がる岩礁は、西側は荒々しく切り立ってお
 り潮流が複雑に流れている。東側は、緩やかな斜面によっ
 て海底に連なっており、潮は比較的穏やかである。
 岩礁には、西から東へ抜ける大小さまざまな水路があり、
 その両側には岩肌が見えないほどのヒダベリとムラサキ
 イガイ(ヒルカイ)、ヒドラ類が密生している。岩の隙間には
 今も大型のソイが多く、潮の早いときは一斉に穴から顔を
 のぞかせる様は壮観である。春先にはサクラマス、初夏は
 カマイルカの群、夏から秋にかけてはブリ、マグロそしてそ
 れを追うサメがここを通過する。冬はトド、キタオットセイ、
 アザラシたちの楽園となっている。また、神威岩の頂上に
 オオワシがとまり、その周りには数百羽のウミウたちがコ
 ロニーを作る。まさに、積丹半島に残された最後の秘境と
 いえる。

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2)東海域(美国港までのエリア)

○マッカ岬
 幌武意港から東に続く断崖(ワリシリ)の先端に岬がある。
 ここは、二つの安山岩質の溶岩が固まって出来た岩があ
 りその一方をゴリラ岩と呼んでいる。(マッカとは、東北弁
 で股の意味、二つの岩は両足と股を意味する。)
 50
年ほど前は断崖にほとんど今のように草木は生えて
 おらず、岩肌が露出していたと聞いている。そのころは、
 海の色は黒々としておりコンブなどの海藻類で浜は覆わ
 れていたという。豊富なあわび、ウニ、コンブなどを採っ
 て暮らす当時の漁師達は、断崖の麓に家を立て海岸の際
 を歩いて通っていたらしい。
 山から流れる水も豊富で一ワシリ、二ワシリ、と呼ばれる
 水路があり、そこを渡るとき危険を伴うため急いで通る
 場所ということで名づけられたと古老が話す。
 (ワシリは、走るの意味か?)
 今は、木が鬱蒼と生え水系は残っていない。また、この海
 岸は強い北西風によって高波が押し寄せる湾である。
 これまでに何度となく転覆事故が起こっており、犠牲者が
 多く出ているところでもある。最近は、少なくなったが北
 防波堤で釣り人が高波にさらわれる事故が続いた時期が
 あった。毎年たくさんのテトラポットが防波堤の北側に設
 置されている。前浜と呼ばれる岬までの海底は砂地の浅
 海が続いており、イカナゴの産卵場所となっている。
 ヒラメやカレイも多く集まるところとして釣り客も多い。
 イカナゴを餌としてたくさんの海鳥(ウミウ、カモメ)の鳥
 山が立つところであり、5〜6月の朝方にはカマイルカの
 大群も押し寄せる。マッカ岬の先端付近は、潮が速く海底
 の地形と風向きによって、三角波のよく立つところでもある。
 冬は、6m近くの波が普通に立つところで、ここを避け船は
 沖合いを通過することになる。そこまでして冬ここに来る
 理由は、トドの上陸場所となっているからに他ならない。
 12月下旬ほぼ確実にこの岬のトド岩に上陸している。
 多い時で十数頭、少ない時でも5〜6頭が朝休んでいる。
 水中生物もかなり多様で、ミズダコ、ヒラメ、ケムシカジ
 カ、ホテイウオ、メバル、ホッケなど岬先端の海底に集まっ
 てくる。通し岩は、潮が特に速く川のように流れるところ
 で、プランクトンを餌とする魚やイソギンチャク類、ムラサ
 キイガイなどが群生している。ゴリラ岩の周りは、水路と
 なっておりダイバーやスノーケラーが水中、水面を一周
 することが出来る。
 6月にはイワツバメとアオサギ、冬はオオワシが訪れる。

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○婦美湾

 湾の西側は潮流の出口となっており、また多くの落石が
 溜まりを作り上げているので、様々な生き物たちの産卵床
 となっている。ヤリイカの定置網が設置されるところ。
 また、夏は、サンゴダツ(タツノオトシゴ)やゲンロクダイ
 (チョウチョウウオ)、イシダイ、イシガキダイ、スズメダイ、
 コブダイなど温帯・亜熱帯海域からの魚も多く観察される。
 湾の中央奥(番屋の沢)には2件の鰊番屋跡が残されて
 おり、そのうちの一軒は網漁師が春(ヤリイカ)から夏にか
 けて利用している。湾内(番屋の沢)は、弧状の岩礁に囲ま
 れた浅瀬となっており、冬から春にかけては、ゴマフアザ
 ラシたちの休憩場所となる。
 海岸線の斜面は、山葡萄と様々な山菜の宝庫となっている。
 マムシやアオダイショウも多い。初夏、エゾカンゾウが黄
 色い花を咲かせる。秋は、朝日に照らされた紅葉が海面に
 映えわたる。湾の東側は、砂岩質の断崖で囲まれた岩礁域
 が連なっている。湾内は、生物はそれほど多くないが浅瀬
 のため光が水底まで届き、穏やかで透明度が高い水域と
 なっており、海水浴やスノーケリングに適したところである。

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○黒崎

 黒々とした六角柱の柱状節理がほぼ水平方向に並び屏風
 状に東側を囲んでおり、さらに奥へと湾が広がっている。
 湾の周りは7080メートルの高さの断崖に囲まれており、
 北西や南東からの強風を受けることなく常に穏やかな入り
 江となっている。以前トドの骨を拾ったことがあり、上陸中に
 ハンターによって撃たれたと思われる。
 トドは、人気のないところに上陸するため、ここは絶好の隠
 れ家となっている。屏風状の柱状節理の裏(東側)には海食
 によって出来た洞穴がある。水中から中に入ることが出来、
 6月後半ころにはコウモリが天井にぶら下がっている。
 最近、シーカヤックでここを訪れる人が増えてきたため個
 体数が減少してきたようだ。
 春、ヤリイカの定置網が入るところでもあり、婦美湾の西と
 同様昔から産卵場所となっている。
 黒崎湾の西先端近くは、海底に大小さまざまな岩(水冷破
 砕岩)が重なり合っておりダイバーがその隙間をと通りぬ
 けることが出来る。岩の裏には無数のムツサンゴとウミショ
 ウロウが群生しており、岩間から入る陽光とライトにによっ
 て映し出された黄とピンクの透明感のある柔らかな色合い
 が亜熱帯の海を思わせる。岩の下にホヤが群生しており、
 まさにパイナップル畑の景観となっている。潮周りに恵ま
 れたこの場所は多くの動物プランクトンが流れてくるとこ
 るとなっている。ウキゴカイ、カイアシ類、様々な種類のク
 ラゲとサルパが観察される。

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○ネズミ岩

 その岩の形がネズミの顔に似ていることから、古くから
 地元ではネズミ岩と呼ばれている。30年以上前までは、
 この岩から沖に向かって大謀網が入っていた。
 ブリやマグロがたくさん入ったと聞いている。今では、美国
 (ポンマッカとビヤノの中間)に竹谷さんの網が毎年入る
 だけである。多いときは、一度にブリが2000本以上入り、
 年間水揚げは1億円を超える事もある。ネズミ岩付近を
 潜ると、定置網を固定するために設置された土嚢とロー
 プの残骸がいたるところに残されている。その数は膨大で、
 破れた土嚢から泥や砂、礫がまわりの海底を被っている。
 おそらく、大謀網が入る前の海底は綺麗な砂地が続いて
 おり、大ナゴやヒラメの格好の産卵場所だったに違いない。
 ネズミ岩から黒崎までの300mほどの海岸線は、約90メー
 トルの断崖がほぼ垂直にそびえている。海底には15メート
 ルを超える様々な形の岩が重なりあい、また、点在している。
 特に岸近くの海底は重なり合う岩によって複雑な地形を
 つくりだしており、ダイバーがコース取りを間違えることが
 しばしばある。少し前(10年ほど)までは、フサギンポとコブ
 ダイが多く、岩の間から頻繁に出入りする光景が観察され
 たが今はその姿は殆どみられなくなった。ネズミ岩のすぐ
 沖側には水面ギリギリまで立ち上がった隠れ根があり、そ
 の頂上付近はコンブ、ワカメなどの海藻類とアワビ、ムラ
 サキイガイ、ツブなどの貝類が豊富に生息している。
 また、根の北東側は垂直に落ち込んだ壁となっており、ソ
 イやキタキツネメバルがその中層に群れている。
 水底に点在する岩の周りはたくさんのリュウグウハゼの
 住処となっている。この根の北側沖合にもいくつかの隠
 れ根があり、その一つの岩壁に1mほどの赤紫色のヤギが
 ついている。積丹でこの種のヤギが見られるのは、私の
 知る限りここだけである。冬から春にかけては、水面を回
 遊するトドの通り道伴っており数頭の群れを頻繁に観察す 
 ることが出来る。11月後半になると産卵のため深みから
 たくさんのトウベツカジカが岸沿いの岩礁域へやって来る。
 地元漁師の話によるとムラサキイガイの中に卵を産み付
 けるのだと言う。
 この貝は、ヒル貝と呼ばれいその香りが強くいいダシが
 出ることで昔から浜鍋には欠かせないものとして地元で
 は利用されてきた。水質を浄化する働きがあることでも
 知られているムラサキイガイは、最近急激に減少してき
 ている。カジカの産卵床ともなっていることを考えると
 むやみに採り続けることは控える必要がある。

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○イタギリイシ

 険しく切り立った断崖という意味である。ダイバー仲間
 では大岩と呼ばれている岩盤とそこから西へ続く岩礁域は、
 海中に水路とタワー状に立ち上がった洗岩、さらに沖に
 向かって150メートルほどの根が続いている。根の回りに
 は、大型のアイナメとメバルが多く昔からコナゴも良く取
 れるところとされてきた。タワー状の岩には一面ヒダベ
 リイソギンチャクが群生し、潮の早い時には緑・オレンジ・
 白に分かれて一斉に触手をなびかせる。実に華麗な景
 観を見せてくれる。十数年前の急激な水温上昇によっ
 てこのヒダベリの群生が一気に岩から剥がれ落ちたこ
 とがある。それから数年間ヒダベリが
観られなくなった
 が、最近少し回復してきた。コブダイの仔魚やウミウシ
 の種類も多いところである。この岩礁と岸との間は、ウ
 ニの餌となるコンブをつけるために漁礁が作られている。
 しかし、コンブはあまり生えてはいない。
 冬から春にかけて湾内でトドと遭遇することが多く、餌
 となるホッケが産卵にやってくるところである。

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○ヤゴドマリ

 ヤマセ(東南風浪)を防ぎやすい穏やかな潤という意味。
 水面に見える岩礁から沖に向かう2本の根が海底にほぼ
 平行に伸びている。周囲には板状節理の岩塊が不規則に
 海底に点在する。二本の根の間には海退の時代に水の流
 れによって出来たと思われる水路と円釜が多く見られる。
 点在する岩塊の多くはおそらくこの時期の水流や、海食
 によって崩れ落ちたと想像される。
 海岸沿いの断崖に残された地質もこれと同様の岩肌が
 見られる。ここ一帯が板状節理の起こった場所であること
 が容易に想像できる。岩礁の東側はいくつもの割れ目
 (クレパスと呼ばれる)が海面近くから海底に向かって垂直
 に走っている。そしてその先端に大きなもので直径2mほ
 どの円釜が口を明けている。五右衛門風呂と名づけたこの
 釜の周りは夏になるとスズメダイの群れの住処となって
 いる。ここから緩やかな岩盤が海底に繋がっており、浅場
 はスガモ場が拡がる。スガモの中は、ヨウジウオの絶好の
 隠れ家となっている。
 沖に向かう東の根は、垂直に落ち込む壁となって、20mの
 海底から海面3メートルまで競りあがっている。その先端は
 オーバーハング上にえぐれており、その周辺はたくさんの
 メバル達の群がっている。壁にはヒダベリイソギンチャクが
 群生しており、潮を受けて一斉に触手を伸ばす景観が特に
 美しい。西の根は比較的緩やかで女性的な地形で、傾斜に
 添ったいくつもの割れ目にウミウシが数多く観られる。
 根の西の海底は砂地が広がっており、イカナゴが群れを成
 して海面近くを通過することが多い。ミズクラゲやサルパ
 などのプランクトンが大量に流れてくることが多く、夏から
 秋にかけて幻想的な景観を楽しむことが出来る。冬は根の
 先端付近をトドがよく通過する。

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○ポンマッカ

 マッカ岬に似た2つの岩があり、ややスケールの点で小さ
 いことから「ポン」をつけ、この名がつけられたらしい。
 「ポン」の意味は子供とか小さいことをいうらしい。
 他にもポンイダギリイシと呼ばれるところがある。
 私の記憶では、20年ほど前2つの岩のうちその一つが崩
 れ落ち、それ以来マッカ岬の形とは異なる様相となって
 いる。ここの地質と地形は、特にダイナミックな火山活動
 の痕跡を残しており、放射状に節理が起こった岩肌や板
 状節理は見ごたえがある。そのダイナミックな地形が
 そっくり海中へと繋がっており、岩脈が創り上げた芸術の
 森ともいえる景観が続いている。沖のほうには六角柱の
 柱状節理が20mの砂地から水面近くまで突き出ており、
 アワビ・ツブ・ホヤなどが多く生息している。
 沖側の壁に冬大型のミズダコが多く,それを好物とする
 トドがここにやってくる。ウミタナゴとメバルが多いのも
 ここの特徴の一つである。数年前、1mを超えるキタユウ
 レイクラゲをこの海底で観察したことがある。この海域
 では大変珍しいことである。
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○ゼムビーチ

 やや黒味を帯びた安山岩質の水冷破砕岩が荒々しい岩
 礁地帯を作っている。立岩や窓岩など彫像のような奇岩
 が並ぶ海岸で、砂地の浅瀬が広がっている。海岸の東には
 柱状節理の小高い盛り上がりがあり、ボート一隻がようや
 く入るくらいの小さな入り江となっている。そこに係留す
 ると沖からは完全に隠れてしまい、プライベートビーチ気
 分を味わうことが出来る。波のない穏やかな日は、海水浴
 や磯遊び、スノーケリングなどを楽しみながらのんびりと
 過ごせるところ。
 砂地の浅瀬には、カレイとアイナメが多くスキンダイビング
 でも充分楽しむことが出来る。

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○キトノ浜

 ビヤノ岬の西は砂岩に囲まれたやや大きめの湾となって
 おり、中央より少し西よりの奥が沢となっている。そこは、
 融雪水や雨水がここに流れ込む砂地の扇状地となっている。
 岸際から50mほどまでの岩礁域の海底には水路が何本も
 沖に向かって走っており、その先が一気に10mの落差で落
 ち込んでいる。海退の時代、陸地だったころには大量の水
 がここに流れ込んでいたと考えられる。回りには多くの円
 釜がある。
 沢から東に続く海底地形はまさに迷路そのもので、クレパ
 ス・アーチ・メガネ岩・大小さまざまな形の円釜が複雑に続
 いている。海底近くには、アイナメ・リュウグウハゼ・カレイ
 など根魚が多く、岩壁にはギンポ・カジカなどの魚のほか
 カイメン・ウミショウロウ・ムツサンゴも群生している。
 洞穴にはユウレイボヤ・ウミシダ・イソギンチャク類が観察
 される。夏にはスズメダイ、イシダイ、アジなどの回遊性の
 小魚が観られ、秋は淡水が入り込むためサケが迷い込ん
 でくることがある。クラゲが大量に溜まることがあり、水面
 の地形を背景に映し出された無数のミズクラゲは、幻想的
 な景観となる。
 10
m程度の浅い海域となっているのでスノーケリングでも
 充分に楽しむことが出来る。断崖を見上げるとその頂上付
 近まで多くの海食洞が観られる。海進の時代に削り取られ
 た跡がそのまま残されており、巨大な彫壁となっている。
 無数のくぼみは海鳥たちのコロニーとなっている。
 地元の観光船(グラスボート)もここの海域を売りにしている。
 春先には、湾内にヤリイカの定置網が入る。

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○ビヤノ岬

 安山岩質の岩壁が北方向斜めに突き出した岬。岬の西の
 岩礁に二つの入り江がある。潮干帯はフシスジモクの海
 藻で覆われ小魚たちの住処となっている。西側は断崖が
 続く。柱状節理の隙間に出来たクレパス状の洞穴(海食
 洞)が20mほど奥まで続く。
 夏、イワツバメがここを住処としている。
 東側の海底には落石が点在し、湾の奥にある滝の下、
 茶津海岸へと浅瀬の岩礁が続いている。
 岬の北、約100m、水深20mの砂地から柱状節理の根が
 そびえている。最も浅いところ(頂上)5メートルで、
 六角形の鉛筆を束ねたように見事な景観となっている。
 柱状の岩の頂上のいたるところは、大型のアイナメたち
 縄張り(住処)となっており、近づくよそ者たちを神経質に
 監視している。根の麓の砂地には無数のリュウグウハゼが
 群れている。
 垂直に切れ込んだ南側のクレパスは、夏、暖流に乗って
 やってくるスズメダイの住処となる。潮流を直接受ける
 場所のため、ウミヒドラが多い。

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○茶津海岸

 300年前に鰊の千石場所として栄えたところ。
 黄金岬とビヤノ岬に囲まれた入り江の麓に位置する茶
 津海岸には、多くの岩礁とそこに繁茂する海藻が防波堤
 となって古くから多種多様な動植物が生息してきた。
 ドド穴と呼ばれる海食洞付近は、特に複雑に入り組んだ
 水路が広がっており、30年ほど前からダイバーたちが
 最も多く訪れる水域である。一の根、二の根、三の根、
 は水深10数mの砂地から水面近くまで立ち上がった鷹
 の爪のような形をしており、根の上にはホンダワラなど
 のモク類が繁茂し、タナゴやハゼ類、メバルの稚魚たち
 が多く生息している。
 湾内の深度は浅く、712mの砂地に様々な形状の根が
 連なっている。春先には、コナゴの大群もこの湾内を埋
 め尽くす。宝島とその周辺の岩礁に囲まれ安定したこの
 湾内は、スノーケリングとスクーバのエントリーコースに
 最適のエリアとなっている。

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○宝島南

 子宝島とゴメ島に囲まれた南側の砂地には、半島で唯一
 のアマモ場が広がっている。深度は715メートルと藻場
 としては比較的深い。イカナゴ、シワイカナゴ、ヨウジウオ、
 サンゴダツ、アジ、メバル、ウミタナゴ、ヒメイカ、ミミイカ、
 コウイカ、ブリなど多くの魚類がこの藻場に集まる。
 藻場の東側には、緩やかな斜面を北に向かって落ち込む
 幅40メートルほどの根がある。この根の南側には板状節
 理が見られ、冬になると、その隙間にたくさんのミズダコが
 入ってくる。


○宝島東
 水深710mで一旦平坦な棚となり、そこから20m前後
 まで落石の斜面となっている。島のやや北側にはコンク
 リート製の船着場が作られている。人の上陸目的が考え
 られないこの不思議な構造物は、当時港を作る際、ダイ
 ナマイトで島の安山岩を爆破して大量の岩を運ぼうと
 考えたとのこと。
 国定公園(海中公園)の自然景観、義経伝説の宝島、北
 海道遺産…という価値と引き換えに自然破壊を何のた
 めらいもなく発想した恐ろしい出来事は、幸いにして中
 止された。海中には、昔から大量のメバルがいたがほぼ
 一年中、定置網を設置してそのほとんどが採り尽くされた。
 網は、南側のアマモ場の真ん中を通っており、網を固定
 するための土嚢が数多く海底に残されている。
 その周りの海藻類は土嚢から破れ出た泥や礫、砂などの
 ために枯死している。
 20
年以上前は、砂地のやや深場(25m前後)に多くのア
 ンコウが観られたが、現在は皆無である。冬は、トドたちが
 ここを回遊する。ミズダコとゴッコが多い場所でもある。


○宝島北
 島の北側は見事な柱状節理が連なっている。
 半島を代表する岩脈の一つと考えられており、積丹岬に
 次ぐ壮大な海底火山活動の産状を今に伝えている。
 やや西の垂直に割れたクレパスは、義経伝説によると
 ここに財宝を隠したと伝えられ、この島が宝島と名づけ
 られたとのこと。柱状節理は、水深30メートル海底まで
 繋がっており、それぞれの柱の頂上付近には大型のアイ
 ナメたちが縄張りを作っている。
 また、この壁にはヒダベリイソギンチャクが群生しており、
 潮の流れる時は、一斉に触手を広げ見事な水中景観を
 作り出す。
 深度と潮流から、上級ダイバーにお勧めのポイントとな
 っている。6月、カマイルカの大群が早朝にここを通過する。
 冬は、トドも多く観られる。


○宝島西
 南北に走る西の根が島と平行に並び、幅約4050
 ほどのすり鉢状の水路が北の深場(26m)に向かっている。
 水路の中層には、メバルが大、中、小の型に分かれて群を
 形成している。
 深場に行くほど型は大きくなり棲み分けしている様子が
 分かる。根の頂上にはモク類の海藻が繁茂しており、ウミ
 ウシなども多く観られる。夏は、根の窪みのいたるところ
 にスズメダイが群れで隠れ住んでいる。ここにも網が入
 れられるようになり、魚の数は以前に比べ激減してしまっ
 た。ここは、観光船(グラスボート)の航路となっており、
 ダイビングボートとのトラブルが最も多い場所でもある。
 南側は島と子宝島によって浅い湾となっており、30年前
 から多くのダイバーたちが利用する、通称「ダイバー銀
 座」と呼ばれているところである。

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沈船・久美丸

 3年前火災で沈没したイカ釣り漁船(9.9t)が沈んでいる。
 水深18mの砂地に船首を岸に向け船底はそのまま海底に
 付け、水平状態を保っている。 海藻も付き始め漁礁と
 なりつつある。夏になると、マフグやイシダイなどが船に
 付いたフジツボを食べに集まってくる。
                  
                  
200831
                         藤田尚夫

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久美丸

茶津海岸

宝島

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(積丹岬)

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