上陸中のトドの観察は…


〇トドが上陸していたら、ボートはできるだけ静かに接近します。50m程度まで少々
 警戒はしますが、水中への逃避は殆どの場合ありません。さらに、近くで観察する
 ため、上陸地に対し平行移動を繰り返しながら時間をかけて(10分程度)徐々に近づ
 きます。これは、トドを驚かせないために、一定の時間をかけ安心させるためです。
 20mほどまででしたらなんとか逃避されずに観察や撮影することができます。

〇マッカ岬に上陸するトドの頭数は10頭前後です。
 その中には成獣(5歳以上)、亜成獣(1〜4歳)、幼獣(1歳未満)がおり、通常観られ
 る上陸形態は、岸に近いところに幼獣がいて、その上に亜成獣、そして、さらにそ
 の上に成獣がいます。

〇一番上にいる成獣はボートが近づくと仲間に危険を知らせるためと、接近者に対す
 る威嚇のために「ガウォー」と唸り声をあげます。そうすると、他のトド達も一斉
 に目を覚まし、前脚で体を持ち上げ警戒態勢をとります。

〇さらにボートが接近しようとすると、幼獣から順に水中へ逃避して、最後に成獣が
 のこります。
 しかし、成獣も近づきすぎると海中へと逃避してしまいます。ですから、逃避され
 ずに長く観察するためには近づきすぎないこと、接近する場合には、時間をかけな
 がら慎重におこなうことが大切です。
 陸上でのトドはとても臆病で警戒心の強い動物なのです。

〇神威岬のメノコ岩は多い時で、100頭を超える北海道で最も大きな上陸場となって
 います。
 この光景はまさに野生の王国を想わせるほどの迫力で、観る者を圧倒させます。
 岬の展望台から1.3kmほど離れた沖の岩礁地帯にある岩で、周囲が深度20m前後の
 海に囲まれているトドにとっては理想的な上陸場所です。

〇この岬周辺は、江戸時代から航海の難所として人が近づくことの出来なかった場所
 でもあります。
 幸いにして、展望台からはその岩の全景を見渡すことが出来ます。
 しかし、ここへのアクセスは多少の困難を伴います。
 ラクダの背のような上り下りのしかも幅の狭い雪道を歩いて渡らなければなりません。
 吹雪や風の強い時は大変に危険なところです。

〇上陸斜面が展望台に向いているため、トドの研究者たちが双眼鏡やプロミナを使用
 して、生態観察や上陸頭数、個体識別のためのナチュラルマーク、標識、焼印など
 を確認するには最適の場所になっています。
 毎年おこなわれるトドセンサス(来遊頭数把握のための全道一斉カウント調査)のポ
 イントにもなっています。
 1km以上離れているため、トドの生態をじっくりと観察することができます。

〇危険を伴わずに楽に観察することもできます。岬に近い漁港、余別港から漁船を
 チャーターしてゆく方法です。港からメノコ岩までは波の穏やかなときには10分ほ
 どで到着することができます。
 しかも、大群を近距離で観察できます。もちろん、ダイビングで水中観察も可能です。
 水中、水面共に、たくさんのトドたちを観察することができます。

〇マッカ岬、神威岬いずれの場合も、上陸中のトドを船やボートから観察するときに
 は、トド達を驚かせないことが何よりも大切です。
 何日も海が荒れて泳ぎ疲れた体を休めていることもあります。
 そこに、いきなり近づくことはトドにとっては迷惑でもあり、また、いたずらに警
 戒心を強くさせるだけなのです。
 トドの行動をよく注視し、彼らが安心して休んでいられる範囲の距離から観察する
 ことが保護を前提にした観察者の心得といえます。

水中での観察は…

トドに出会えたら・・・・

〇トドは、ほぼ決まったコースを、数頭の群れや、また単独で水面を息継ぎしながら
 移動しています。サハリンや遠くは千島列島から餌場を求めて回遊してくるトドた
 ちは、近くに餌が豊富で、しかも安心して休むことの出来るところを上陸場所(休
 憩場所)としています。
 かれらが採餌しながら泳ぐコースは餌のあるところをたどると考えられています。
 
〇北太平洋辺縁の海域に暮らすトドは、それぞれの海域に棲む魚類(タラ、ニシン、
 ホッケなど)、イカ、タコなどさまざまなものを餌とします。北海道においても、
 知床、根室、留萌、羽幌、そして積丹のそれぞれの海域にその時期に棲む魚や頭足
 類を食べています。積丹半島で冬から春にかけて沿岸近くに棲む魚やタコのいると
 ころがトドの泳ぐコースと考えられます。


〇ボートを使ってゆくトドのワッチクルーズは、幌武意港を中心に、西は積丹岬、東
 は美国ビヤノ岬までの沿岸に沿った水深20m前後の海域です。移動中は観察者全員が
 ボートの周囲を、前後左右を注意深く観察します。ボートが通過した後、後方に頭
 を出すこともしばしばありますので、船尾のワッチも重要です。また、イルカのよ
 うに何頭もかたまって早く泳ぐのとは違い、潜って餌を捜しながらゆっくりと移動
 しています。


〇水面に顔を出しているトドを発見したら、全員にその方向とおおよその距離を知ら
 せます。「3時方向、100m」・・・という具合です。
 船体を時計の文字盤に見立てて、船首方向を0時12時)、船尾方向を6時、左舷に対し
 直角方向を9時、右舷は3時となります。距離感はつかみづらいのですが、ボートの
 長さが9m(33フィート)なので、それを目安にしてもらいます。

〇トドを水面で発見してもすぐにまた水中に潜ってしまうことがありますが、その後、
 また1〜2分程度で顔を出します。近づきすぎたり、無理に追わなければ、そう遠
 くに行くことが無いので、次に顔を出すところもおおよその見当がつきます。

〇中には、ボートに寄ってきて周りをまわるフレンドリーなトドもいます。
 大体が幼獣か若い亜成獣です。
 水底からミズダコをくわえてきて、水面でふり回している場面を観察することや、
 翼のような前脚の片方を水面から高く持ち上げている光景に出くわすこともありま
 す。また、幼獣や若い亜成獣同士が水面からジャンプしながら遊んでいる場面を観
 ることもあります。

〇標識(タグ)や焼印を付けた個体を観察することがあります。これは、トドの回遊
 ルートを解明するために、ロシア、アメリカ、日本の研究者たちが回遊ルートや生
 態に関する調査をおこなっている個体です。
 これらの観察情報は大変に貴重なもので、研究の成果に大きな役割を果たします。

〇以前は、日本海へ来遊するトドはサハリン系統群(チュレニ―島、イオニ―島など)
 だと考えられていましたが、タグや焼印の発見によって千島系統群も宗谷岬を渡っ
 てやってきていることが解明されました。
 移動距離はなんと1000km以上にもおよびます。

〇標識を付けたトドや焼印のあるトドを見つけたらその観察情報を研究者に提供し、
 トドの保護のために役立ててもらいましょう。
 (識別方法についてはトドワッチログを参考にしてください。)

〇クルーズで出会うのは元気なトドばかりではありません。両目にケガをして、水面
 で円を描きながら同じところを泳ぎつづけている個体や荷作りバンドを首に巻きつ
 けて衰弱している個体、腐敗した漂流個体、岩礁に打ち上げられた個体なども時々
 眼にします。
 このような光景は、初めて見る人には驚きと同時に不思議に思えるかもしれません
 が、これも大切な観察情報です。
〇水中にいるトドは陸上にいる時とはまったく別の生きもののようです。驚くほど流
 麗で自由自在に泳ぎまわることが出来ます。しかも、前脚(鰭)を使った強力な推
 進力で宙返りや急旋回はお手のもの、ひとかきで20メートル以上も進むことが出来
 ます。
 
〇視力、聴力、臭覚も実によく発達しています。眼は暗視型で暗いところでもよく見
 え、また明暗に対しての受の調節も不要のため水面、水中での光量の変化への対応
 にも優れています。

〇また、音に対する反応もとても敏感です。水面や上陸中のトドは私たちが発見する
 よりも早くにエンジン音などにより認識しています。
 また、様々な吠え方や鳴き声でトド同士はコミュニケーションをとります。

〇雌のトドは夕方から朝方にかけて採餌することが知られており、暗い水中で獲物を
 捕らえるために僅かな音や振動をたよりにしていると考えられます。そのためヒゲ
 もよく発達しており、成獣では30cmをこえています。

〇臭覚が優れているのはイヌ科の特徴です。繁殖場で生まれたばかりのパップ(幼獣)
 と採餌のため海から帰ってきた母親が数千頭の群れの中から、匂いで識別し再会で
 きるほどの臭覚能力を持ち合わせています。また、トド撃ちのハンターは上陸中の
 トドは必ず風下から近づき、火薬の匂いを察知されないようにすると言われていま
 す。

〇潜水能力にいたっては何と、水深200mを超えて潜ることもできます。このような
 トドの持つ能力を考えますと、水中にいる時、トドは私たちを先に発見しています
 ので、そばで観察できるかどうかはトドの気持ち次第ともいえます。

〇トドは他のアシカ科同様にとても好奇心の強い動物です。餌以外でも珍しいものや、
 聞きなれない音に興味をもって確かめに近づいてきます。
 そして、私たちダイバーをしばらくの間ジーっと、眺めています。周囲をまわった
 り、中層に止まって観ていることもあります。そのあと、一旦去ったあと、また消
 えた方向からやってきて同じように周りを泳いだり、宙返りなどをしてダイバーを
 楽しませてくれます.

〇お返しに私たちもトドを楽しませます。手を上下にはばたかせたり、トドの声をま
 ねてみたり、興味を引くことは何でもやってみます。ただジーと観ているだけでは
 トドもつまらなくて、すぐにいなくなってしまうからです。
  
〇また、動きだけでなく強力な水中ライトや色々な音色にも興味をしめします。
 接近してきたトドはよくダイバーのエアーを珍しそうに見ていることがあります。
 水中でこんなに泡を吐きつづけることの出来る動物を見るのは初めてなのでしょう。

〇水中でトドを観察するために大切な心得は、「トドに来てもらうようにすること」
 です。そのためには、トドの好奇心をうまく利用することです。

〇ダイバーがかたまることで排気するエアーを一ヶ所に集めることが出来ます。
 そこから発する音や、柱状に水面に向かって昇る泡は近くにいるトドの興味をそそ
 ることになります。

〇ダイバーがばらばらになってしまうと特定の人しか出会うことが出来ないばかりか、
 もし現れたとしてもそう長くはいてくれません。

〇また、殆どの場合、水面方向から現れることが多いので、ダイバーは15m付近の中
 層にいて、水平もしくはやや水面側に注意を向けると発見しやすいと考えられます。

〇さらに、複数のダイバーがお互いのワッチする方向を分担しておくことで、それぞ
 れの方向に対する注意力も高めることも出来ます。

〇また、チームごとに一定の間隔をとり、カバーするエリアを広げるのも効果的です。
 この場合、お互いに十分見える範囲の間隔にしておくことが大切です。

〇トドが現れても決して追いかけないこと。(追いつく事は出来ません。)それよりも、
 トドの好奇心に期待し、何か変わった動作や音をだすなどして、こちらに寄ってくる
 まで待つのが得策といえます。

〇トドに執着し、血眼になって捜してもなかなか出会えないダイバー、それほどの興味
 もなく、いつもどおり普通に潜っていて簡単に見てしまうダイバーもいます。

〇広大な海域を自由に泳ぎまわるトドとピンポイントで出会えること、それ自体が奇跡
 的なことでもあり、そう簡単に誰もが体験できるものではありません。

〇水中で間近に成獣の雄トド(ブル)と遭遇したダイバーは、その圧倒的な存在感と自
 信に満ちた眼の迫力に一瞬、全身の動きが止まってしまうものです。「おまえたち、
 何者だ?ここで何してる?」・・・と、でもいいたそうな表情で、入り込んできた侵入者
 の顔を覗き込んできます。そんな時は「ごめんなさい、許して・・・・」と、眼で訴える
 のが得策です。
〇この蝦夷地に人間が棲むようになったのは今から1万年前、トドはこの島(北海道)が
 出来る前、2000万年以上昔からこの海域に暮らしていたと考えられています。私た
 ち人間は、陸も海もそこにあった自然の恵みのすべてを捕り尽そうとしています。
 そしてトドなど多くの野生動物の生息地を奪ってしまいました。

〇明治初頭、千島海域に10万頭いたといわれるトドは、今から50年ほど前には、2万頭
 となり、さらに4千頭にまで激減しました。そのうち約500頭近くが冬から春にかけ、
 北海道へ回遊してきます。私たちがこの海で観察するトドは、2000万年生き続け、
 この先将来に種を存続させる貴重な一頭一頭です。
 しかも、あと60年以内に絶滅すると予測されている種でもあります。

〇1000kmも離れた遠くの島からやってくる彼らのために、餌を残しておくことが必要
 です。トドたちが安心して暮らしてゆける環境が、私たち人間が生きてゆくための条
 件でもあります。
 『トドさんたち、いっしょにがんばりましょう。』こんな気持ちで、今年も元気な
 トドを観察しに行きましょう。
もう一つの視点「駆除の実際」
魚網に被害を与え、網にかかった魚を食べるとして北海道では、1958年から駆除
がおこなわれています。
1994年から、年間116頭の駆除枠を設定しておりますが、実際は、射殺したあと
揚収できた頭数(回収された頭数)の報告のみをもとにしているため、回収され
ない傷害や海没した駆除個体は全く含まれてはおりません。
さらに、駆除の現場における監視体制もないことから、年間116頭枠は、決して
守られているとはいえないのが実情です。また、ほとんどの雌は妊娠しており、
駆除された場合、胎児も同時に死んでしまいます。
さらに、トドは生後1〜2年間母親から授乳を受け続けますので、母親をなくし
た幼獣は、数日でその貴重な命を失うことになり、雌が一頭駆除されることで、
3頭の命が失われる可能性もあります。
北海道では1958〜2002年まで報告されただけで、24.211頭のトドが駆除されま
した。そして、今年もカウントされることのない多くのトドが海底や海岸に放置
されることになります。
これらの報告されない駆除個体の情報は、絶滅の危機におかれているトドを保全
するために役立ててゆく必要があります。
野生の巨獣、威風堂々としたその姿は、北海道の海の自然の雄大さとその大切さ
を私たちに教えてくれます。
このすばらしい自然を守ってゆくために、この動物がおかれている深刻な情況を
決して見過ごすべきではありません。            
トドを観にいこう

ボートからの観察は…
(水面を泳ぐトドの観察)

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